鬼滅の刃|柱の名前と由来!漢字とひらがな/読み方と柱になった経緯も

鬼滅小話

鬼滅の刃(きめつのやいば)の鬼殺隊の中で最も位の高い9名の剣士・柱(はしら)

どれも個性的な名前ですが、どんな意味があるのか気になったことはありませんか?

今回は柱たちの名前の由来、そして鬼殺隊入隊や柱になった経緯についてご紹介します!

1 水柱・冨岡義勇

水柱・冨岡義勇(とみおか ぎゆう)

名前の由来

「冨岡」は鎌倉幕府の鬼門除けとして創立された「富岡八幡宮」が由来だと考えられています。

富岡八幡宮の例祭・深川八幡祭りは別名「水かけ祭り」と言われ、水の呼吸を使う義勇と重なると思いませんか?

そして「義」は「人として守るべき正しい道」、「勇」は「いさましい」という意味があります。

義勇の名前には、「正しい道を進むために、立ち向かう」という意味が込められているのでしょう。

柱になった経緯

病気で両親を亡くした義勇は、姉・蔦子(つたこ)と2人暮らししていました。しかし蔦子の結婚式の前の夜、鬼に襲われます。

蔦子は義勇を庇って死亡。生き延びた義勇は錆兎(さびと)とともに鱗滝のもとで修行をし、最終選別を経て鬼殺隊に入隊します。

師匠である鱗滝の水の呼吸を受け継ぎ、その後義勇は水柱になりました。

ちなみに義勇の半々羽織はそれぞれ蔦子と錆兎の形見です。

2 蟲柱・胡蝶しのぶ

蟲柱・胡蝶しのぶ(こちょう しのぶ)

名前の由来

まず「胡蝶」とは「昆虫・チョウ」の別名のこと。つまり、そのまま蝶のことでしょう。

そして「しのぶ」は、漢字だと「忍ぶ」や「偲ぶ」が当てはまります。

忍ぶは「辛いことを我慢する、こらえる」、偲ぶは「過ぎ去ったり遠く離れたりした人のことを懐かしむ」という意味があります。

亡くなった両親や姉・カナエを偲んだり、辛い過去を我慢して「鬼と仲良くする」と言ったりするしのぶ。「忍ぶ」や「偲ぶ」は彼女の背景や心情によく合っていますよね。

どちらの意味にも捉えられるように、敢えてひらがなの「しのぶ」にしたのではと考えられます。

柱になった経緯

両親、姉・カナエと4人暮らしだったしのぶは、幼少期のある日両親を鬼に殺されました。

しのぶとカナエも襲われそうになるところを悲鳴嶼行冥に助けられます。

他の人には自分たちのような思いをさせたくないと、胡蝶姉妹は悲鳴嶼のもとを訪れて鬼殺隊入りを志願。

普通の暮らしをするようにと悲鳴嶼は断りますが、胡蝶姉妹は聞き入れません。

悲鳴嶼は、与えられた試練を乗り越えたら育手を紹介すると胡蝶姉妹と約束。

試練を乗り越えた2人は約束通り悲鳴嶼から育手を紹介してもらい、最終選別を経て鬼殺隊へ入隊しました。

上弦の鬼との戦いの末にカナエが亡くなった後、しのぶは藤の花から生成される毒薬を開発。力が弱く鬼の頸を斬れないしのぶは、これで鬼を倒すことができるようになり蟲柱になりました。

3 炎柱・煉獄杏寿郎

炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく きょうじゅろう)

名前の由来

「煉獄」とは「キリスト教カトリックにおける亡くなった罪人が天国に行く前に集まり、死者を浄化させる場所」という意味があります。

罪を火によって浄化させると言われており、代々煉獄家は炎の呼吸によって鬼を浄化したという意味が考えられます。

「杏寿郎」については、父・槇寿郎や弟・千寿郎と「寿郎」という文字が共通しています。これは代々受け継がれてきた名前だと推測できますね。

「杏」とは「あんず」という果実のこと。オレンジ色の実であることから炎の色を連想し、この漢字が使われたのかもしれません。

柱になった経緯

代々鬼殺隊の炎柱を受け継ぐ名家に生まれた煉獄。

幼い頃から父の背中を見て育った煉獄は、責務もあり鬼殺隊への道を進もうと決めたのでしょう。

鬼殺隊入隊後に下弦の弍を炎の呼吸・奥義煉獄で倒し、父の跡を受け継ぎ炎柱となったと言われています。

4 音柱・宇髄天元

音柱・宇髄天元(うずい てんげん)

名前の由来

「宇」は「無限の空間」、そして「髄」は「物事の中心」という意味があります。

また「天元」には「君主、天子」という意味があり、合わせると「すべての中心にいる帝王」という感じでしょうか。

自身を「祭りの神」と口にする天元にピッタリな名前ですね。

柱になった経緯

もともと忍だった天元。

忍びの一族が衰退していくことに焦りを覚えた天元の父は、天元を含めた9名の子どもたちに厳しい訓練をさせました。

そして唯一生き残った2つ下の弟は、「自分の部下は全員駒」などと父のような無機質な考えに。

そんな人間になりたくないと思った天元は忍をやめ、鬼殺隊に入隊しました。

「命をかけて当然」という考えのもと育ってきた天元は矛盾や葛藤を抱えながらも鬼殺隊として戦っていました。

そんなときにお館様からかけてもらった感謝と労いの言葉に胸を打たれ、人を守るために戦い音柱となったようです。

5 恋柱・甘露寺蜜璃

恋柱・甘露寺蜜璃(かんろじ みつり)。

名前の由来

「甘露」とは「天から降る甘い液体」、蜜は「甘い汁、蜂蜜」、そして璃は「ガラス、七宝の一つ」という意味があります。

甘いものが好きで、いつもキラキラと心をときめかせている彼女をよく表した漢字ですね。

柱になった経緯

甘露寺が鬼殺隊に入った理由は、添い遂げる男性を探すためだそう。

鬼と無縁の生活を送っていた甘露寺は年頃になるとお見合いをするようになりました。ところが大食いで力も強く、変わった髪色の甘露寺を見た相手は結婚を拒否。

甘露寺は食事を我慢したり髪を黒く染めたりと、自分を偽るようになりました。

しかし偽り続けることに疑問を感じた甘露寺は「人の役に立てること」「ありのままの自分を好きになってくれる人」を求めて鬼殺隊へ入隊。

自分より強い人がタイプの甘露寺は、鬼殺隊の中でもさらに強い柱だとなかなか会えないから自分もなろうと柱を目指したそうです。

6 岩柱・悲鳴嶼行冥

岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじま ぎょうめい)

名前の由来

「悲鳴」には「悲しみ泣き叫ぶこと」という意味があり、壮絶な過去があり心の中で悲鳴を挙げていることを表しているのでしょう。

また「行」は「すすむ」、「冥」は「くらい、やみ」という意味があります。暗闇のなか進むというイメージでしょうか。

悲鳴嶼行冥の名前には、悲しく、しかし強い信念を感じますね。

柱になった経緯

幼少期の頃に両親を亡くし寺で育った悲鳴嶼は、大人になり孤児を引き取り寺でみんなと暮らしていました。

ある夜に鬼と遭遇した孤児の1人が、自分が助かるために鬼を寺に招き入れます。

盲目の悲鳴嶼は鬼と闘いますが、逃げ出した子どもは殺されてしまいました。

夜が明け、唯一生き残った少女が「みんなあの人(鬼)がやった」と駆けつけた人々に伝えます。

しかし鬼は日光を浴びて消えており、悲鳴嶼の仕業だと誤解されて牢獄行きに。そして、そこでお館様と出会いました。

お館様に解放された悲鳴嶼は鬼殺隊に誘われ、尽力し岩柱となったのです。

7 霞柱・時透無一郎

霞柱・時透無一郎(ときとう むいちろう)

名前の由来

無一郎には悲しい過去があり、過度なストレスにより記憶喪失になってしまいました。

しかし上弦の伍・玉壺との戦いで覚醒。失われていた時が透明になり、これが「時透」ではないかと考えられます。

また「無一郎」については兄・有一郎が「無一郎の無は無限の無」と言っています。その名の通り無限の力を発揮し鬼と戦っていた姿が印象的でしたね。

柱になった経緯

木こりとして暮らしていた無一郎。10歳の頃に相次いで両親を亡くし、双子の兄・有一郎と2人で暮らします。

そこにお館様の妻・あまねが2人のもとを訪ねて「2人は始まりの呼吸の子孫である」と伝えます。しかし冷酷できつい有一郎はあまねを追い返すのでした。

始まりの呼吸の子孫だと知った無一郎は乗り気でしたが、楽観的すぎると有一郎は拒否。それを機に2人の間に会話がなくなりました。

ある夜家に入ってきた鬼が有一郎に襲いかかり「いてもいなくても変わらないようなつまらない命だ」と笑います。この言葉に怒りを覚えた無一郎は日の出で鬼が消滅するまで闘い続けました。

有一郎はまだ生きていましたが瀕死状態。そして有一郎の最後の言葉で、兄が誰よりも自身のことを想っているのだと無一郎は知らされます。

その後有一郎は死亡。そして自身も瀕死状態でしたが、再びあまねが訪れ治療の末に生還。

鬼殺隊へ入隊後は鍛錬に打ち込み、たった2ヶ月で霞柱へと上り詰めました。

8 蛇柱・伊黒小芭内

蛇柱・伊黒小芭内(いぐろ おばない)

名前の由来

伊黒小芭内は伊豆諸島の八丈島出身だそう。伊豆の「伊」から名付けたのでしょうか。

小芭内の「芭」は「芭蕉」のこと。

芭蕉には「燃える思い」、また水芭蕉には「美しい思い出、変わらぬ美しさ」という花言葉があります。

芭蕉の花言葉はまさに意中の人・甘露寺への思いと重なりますね。

柱になった経緯

女ばかりが生まれる一族の中で、数百年ぶりに生まれた男が伊黒小芭内でした。

伊黒家の屋敷に住む蛇の鬼に生贄の赤ちゃんを差し出す決まりになっていましたが、小芭内は男児であり珍しい色の瞳だったため、成長してから喰おうと座敷牢で育てられます。

12歳になった小芭内は生贄として鬼に差し出されるも、小柄なためもう少し成長させてからにしようと言われます。そしてその鬼の口元と同じようにするため、小芭内の口を裂くのでした。

再び座敷牢に戻った小芭内は盗んだかんざしで木の格子を削り続け、そこに迷い込んできた蛇の鏑丸とともに脱出。

脱出に気付いた鬼は小芭内を追いかけて捕らえますが、すんでのところで当時の炎柱に救われました。

その後炎柱は生き残った小芭内の従姉妹と引き合わせてもらいましたが、「あんたが逃げたせいでみんな殺された」と罵声を浴びせます。

自責の念に駆られた小芭内は、やり場のない思いを鬼に向けるべく鬼殺隊に入隊。その後、蛇柱となりました。

9 風柱・不死川実弥

風柱・不死川実弥(しなずがわ さねみ

名前の由来

まず「不死川」は「不死身」を連想させます。鬼との戦いを生き抜くという意味でしょうか。

また実弥のモデルは九州の武将・秋月種実だと言われています。この武将は反骨精神があり、実弥の性格にも通ずるところがあります。

実弥の「実」は、この武将が由来していることも考えられますね。

柱になった経緯

7人兄弟の長男として生まれた実弥は亡くなった父に代わって母を支えていました。

ある日のこと出かけた母が戻って来ず、不安がった兄弟たちは母の帰りを待ちます。そして夜明け前、黒い影が不死川家を襲来し、兄弟を守るために攻撃する実弥。

夜が明け、実弥はその黒い影は鬼に成り果てた母だと知るのでした。

最愛の母に手をかけ、弟からは「人殺し」だと罵倒された実弥は、家を出て鬼への復讐心から鬼狩りをするように。

そんなときに出会った鬼殺隊・匡近から育手を紹介され、最終選別を突破し鬼殺隊に入隊しました。

そして匡近とともに当時の下弦の壱を倒し風柱となりました。なお、この戦いで匡近は命を落としています。

10 まとめ

柱の名前の由来、鬼殺隊入隊や柱になった経緯についてご紹介しました。

壮絶な過去を経て鬼殺隊になった者もいれば、家柄や婚活で入隊した者などさまざまでしたね。しかし皆共通して「役に立ちたい」「人々を守りたい」という強い思いがあることには変わりありません。

ちなみに神様の人数を数えるときの単位は「柱」だそう。そして「柱」という漢字の画数は9画であることから、柱の数は9名なのでは?と言われています。

名前のそれぞれに込められた意味を考えると、より一層作品を楽しめますね。

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